先日、職場を辞める人が挨拶に来た。

そこそこ話す程度の関係だった。仲が良いというほどでもない。でも普通に話せる関係だった。定期的に顔を合わせて、たまに雑談する、そういう間柄だ。


俺しかいないのに、泣いた

挨拶に来た時、俺しかその場にいなかった。

「お世話になりました」という言葉を聞きながら、少し話した。

話していたら、泣いた。

俺しかいないのに。


思い込みかもしれない

自意識過剰かもしれない。

たまたまその瞬間に感情があふれただけかもしれない。退職という節目で感傷的になっていただけかもしれない。俺がたまたまそこにいただけで、誰でもよかったのかもしれない。

思い込みかもしれない。

でも、俺しかいなかった。

周りには他の人もいる職場だ。あえて俺のところに来て、俺しかいない場面で泣いた。それはどういうことなのか、考えてしまう。


退職日はいろんなことが起きる

振り返ると、退職日にいろんなことがあった。

ツーショット写真を頼んできた子。後ろから抱きついていいか聞いてきた子。そして俺の前だけで泣いた子。

みんな退職日だった。

退職日は、普段言えないことが出てくる日なのかもしれない。「もう会えなくなる」という事実が、背中を押す。普段は胸にしまっておくものが、あの日だけは外に出てくる。


課長はアホだし、会議はくだらない。でも

仕事への熱量は正直ない。

課長はアホだし、会議はくだらない。「なんでここにいるんだろう」と思う瞬間は増えている。一億円への通過点として割り切っている。

でもこういう瞬間があるから、まだ会社に行ける。

「もしかして」と思える出来事が、日々の仕事を少し楽しくしてくれる。給料とは別の、会社に来る理由だ。


思い込みでいい

自意識高すぎだろうか。

でも思い込みでいいと思っている。

確認する術はない。「あの涙はなんだったの?」とは聞けない。聞いたら野暮だ。

思い込んだままでいい。そのほうが、明日の仕事に行く気になれる。

思い込みかもしれない。でも俺しかいなかった。

それだけで十分だ。