就職氷河期の入り口で専門学校に入った。

「医療職は就職が多い」と言われていた時代だ。

卒業するときは、さらに就職難になっていた。


入るときと出るときで状況が変わった

医療職の専門学校に入ったのは、就職を考えてのことだった。

バブル崩壊後、就職氷河期が始まっていた。「手に職をつければ安定する」「医療職は需要がある」という話を信じて進学した。

でも卒業するころには、医療職の求人も絞られていた。入るときの「安定」という話は、もう通用しなかった。


倍率20倍の採用試験

就職活動は厳しかった。

受けた病院の採用倍率は20倍だった。20人に1人しか受からない。

正直、自信はなかった。特別なスキルがあるわけでも、成績が飛び抜けていいわけでもない。

でも受かった。


なぜ受かったのか

今振り返ると、2つの理由があったと思う。

①穏やかな笑顔

面接で意識したことは、特にない。緊張はしていたが、自然体で臨んだ。

後から考えると、穏やかに笑顔で話していたことが良かったのかもしれない。医療職は患者さんと接する仕事だ。怖い顔や硬い表情より、穏やかな笑顔の方が印象がいい。

意識してやったわけじゃない。でも結果的にそれが評価されたのかもしれない。

②祖母と同居していた

面接で家族構成を聞かれた。祖母と住んでいると答えた。

医療職、特に高齢者と接する仕事では「お年寄りに慣れている」かどうかが重要だ。祖母と同居していたことで、「高齢者に慣れている人」と思われたかもしれない。

これも意識してアピールしたわけじゃない。ただ事実を話しただけだ。


趣味を聞かれてカラオケと答えた

面接で「趣味は何ですか」と聞かれた。

とっさに「カラオケです」と答えた。

今思えば、当時から本を読み始めていたので「読書です」と答えればよかった。読書の方が真面目な印象を与えられる。

でもカラオケでも受かった。趣味はそこまで重要じゃなかったのかもしれない。


就職活動で大事だったこと

倍率20倍を突破して学んだことがある。

特別なことをしなくていい。

面接対策を完璧にしなくていい。流暢に話せなくていい。自分を大きく見せなくていい。

普通に、穏やかに、自然体で話す。それだけで十分だったりする。

面接官が見ているのは、スペックじゃなくて「一緒に働けるか」だ。一緒に働きたいと思われる人間になることの方が、対策を完璧にすることより大事だと思っている。


今になって思うこと

就職氷河期の厳しさは本物だった。

でも振り返ると、あの時代に手に職をつけたことは正解だった。医療職は景気に左右されにくい。長く安定して働けている。

倍率20倍の採用試験を突破できたのは、運もあったと思う。でも、自然体で臨んだことが良かったのかもしれない。

無理に自分を大きく見せようとしなかったことが、結果的によかった。


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